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2012年10月22日

「なみえ焼そば」 B−1で今年も4位

「なみえ焼そば」 B−1で今年も4位  朝日新聞

●「風化させない」
 東京電力福島第一原発事故で避難生活を続けながら、各地のイベントで「なみえ焼(やき)そば」を作り続ける浪江町商工会青年部のメンバーたち。20、21日に北九州市で開かれた、ご当地グルメの祭典「B―1グランプリ」に参加。昨年と同じ全国4位に輝いた。
 20日のB―1開会式。出展団体が1団体ずつ紹介される中、浪江町の「浪江焼麺太国(なみえやきそばたいこく)」にはひときわ大きな拍手が送られた。「頑張れ」との声援もとぶ。「遠く離れた北九州市からの声援はうれしい」。太王(だいおう)の八島貞之さん(44)は話した。
 赤が基調のジャケット。黒い帽子の上には焼きそばの模型。そんないでたちの太王は、今年のB―1出場を見送るつもりだった。
 八島さんは浪江町の鉄工所3代目。町商工会の青年部は震災前から焼きそばで町おこしをしようと「焼麺太国」を名乗って活動してきた。部長の八島さんが太王に。明るい性格で、はまり役になった。
 原発事故で昨年3月から家族と各地を転々。同年9月、新地町で鉄工所を再開した。復興需要を期待したが、思うように仕事が回ってこない。未来が見えないまま迎えた昨年のB―1。これを機に、八島さんは除染の仕事も始める決意をした。
 あれから1年、太国の集まりは20回以上あった。しかし、八島さんは仕事で忙しく、数回しか参加できなかった。
 夏。太王と「家臣たち」、つまり八島さんとメンバーは、5時間以上かけて話し合った。口々に語り合ったのは、浪江のことが風化しかかっている、という危機感だ。仕事を再開できない町民がいる。彼らを勇気づけなければという使命感。やっと、今年の大会に出場する決断ができた。
 メンバーもそれぞれの道を歩む。橘弦一郎さん(39)はこの春、男の子が生まれた。浪江に本社がある不動産会社の南相馬支店長だ。郡山市から毎日、2時間かけて自動車通勤している。
 山田茂男さん(35)は東京都江東区にあるアパートでひとり暮らし。江戸時代から続く伝統工芸「大堀相馬焼」の窯元の長男だ。都の臨時職員をしつつ、陶芸教室の先生もする。


 今年6月、防護服を着て浪江の自宅に行った。線量計の警告音が鳴りっぱなしだった。「窯を復活させたいが、浪江では難しい。そろそろ決断をしなくては」

 重機リース業の2代目、前司(ぜんじ)昭博さん(30)は、原発作業の前線基地Jヴィレッジを拠点に、作業員たちと事故収束に力を注ぐ。
 みんな今年のB―1に参加した。ちりぢりになっている町民から、批判されることもある。「商工会青年部のあんたらが東京電力や国との折衝役になるべきだ。焼きそばなんて、自分たちで楽しんでいるだけじゃないか――」。やり場のない怒りが彼らに向かう。


 だが、北九州市に避難中の町民4人がブースに来た。「地元の焼きそばを食べられるとは思わなかった」と言われ、「涙が出るぐらいうれしかった。来たかいがあった」と太王。

 町職員や各地に散らばる町民有志も集った今年のB―1。全国4位の結果に「昨年は支援をもらっての結果。今年はオール浪江で勝ち取ったから胸が張れる。多くの人に浪江の現状を伝えることもできた」と語った


posted by terry at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ご当地グルメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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